依存性からの解放

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実験的解釈
依存症からの開放

依存症という病名の診断を受けた者は
いや、病院で診察など受けなくても多くの依存症患者には病気にたいしての自覚がある。

覚醒剤への依存はある意味顕著に依存症の症状を呈しているように僕自身は考えるが、広義に解釈すればコーヒー中毒(依存)やニコチン中毒なども同意であるが、
所謂(いわゆる)依存性のあるとされる物質以外であっても習慣的な依存というものというものがある。
よく聞くアスピリン中毒などを代表する痛み止め薬を習慣的に摂取することで、物質にたいして精神的な依存が生じる。

研究者の意見は知らないし興味もないけれど、身体的な依存が少ないとされる中枢神経刺激薬物の禁断症状?は切れ目に見られる倦怠感などをよく例にあげるが、そこにあまり共感していない。
むしろ僕はタバコを止めるときに生じる禁断症状と似た、苛立ちという依存症による行動があると感じている。

僕自身が覚醒剤と距離をとった理由は
『逮捕によって失われる既存の実生活』
その問題への恐怖心からだ。
即ちもし僕に『逮捕によっって失われては困る事柄』を有していなかったならば、現在のような『覚醒剤とほとんど関係のない生活』には至らず、再犯での逮捕を恐れながら続いていただろうとは思う
しかしながら...『覚醒剤とほとんど関係のない生活』とはいうものの、いまなお覚醒剤の入手自体は可能である。また、元ポン中と称するには些(いささ)か危うさがあり金輪際シャブと関わらないとは言い切れないと自覚をしている。
なぜならただ単に覚醒剤を頻繁に使用していないだけである。その代わりの物質にカチノン系物質のパウダーを使用している時がある現実がある。

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