ひとりごとの最近のブログ記事

明けまして三日め。


元旦は僕の実家に家族で行ったのだが、
妹家族はちゃんと到着し土産まで持っていったのに対して、
我が家だけ到着時間が遅れたため父の機嫌が悪くて、
ほとんど口をきいていない(泣)。


明くる二日、つまり昨日は嫁さんと子供たちが嫁さんの実家へ。
僕が行くと迷惑になるので、ネコのたかしと僕は自宅で留守番...。

いい加減、このパターンにも飽きたけど、年々人間としての
質を終わらせてゆく僕に、状況改善の力はない。

ま、すべては馬車馬のごとく就労してから動き出す事柄なので、
それをしていない僕はそろそろ淀川の河川敷の森にテントでも
立てて、フナかナマズでも釣って生活する日も近いことだろう(笑)。

勿論リアルな冗談だ。


三が日最終日の本日は、ネコのたかしと二人きり。
コタツに潜り込んだたかしに足を齧られながら、テレビでやってる
『ポツンと一軒家』を見ている。

このテレビ番組の
『衛星写真から見つけた山の中のポツンと一軒家を探す』
みたいなことを僕も昔していた時期がある。

衛星写真で山道を見ていると、山のなかに変な建造物や、
地図にはない道が写真には載っていたりして、
そうしたけったいなものを見に行った。

そんなことばかりしていたけど結果何の役にも立たないけれど、
なんとなく楽しかった。
最近それと似たようなことテレビの人がしているのを観られるのは
何だか『平和』だな、とか思う。

だってテレビクルーは基本シラフやろ(笑)?

十年まえの僕はドポン中のクズだけど行動的で。
現在の僕はシラフの癖にクズで、そのうえ億劫だ、。


明日の昼過ぎにちょこっと用事を済ませたあと、
久しぶりにブログに登場した正司と出かけるかも知れない。
だが、天気予報では雨だとか言う(笑)。

彼と山へ出かけるときは、まこと雨に祟られる。
今もかわらぬ雨が降る打率の凄さに、年の瀬に天気予報を
見た嫁さんは爆笑していた。


今日は天気が良いのでフラリと単車で出かけるのも良いと、
嫁さんに渡された
「お正月の生活費」を確認するものの『万札』がない。
これでは大阪市内ど真ん中まで注射器の入った怪しい封筒を
頂戴しに出かけられないではないか!

つまらん冗談だ。
俺のことだから正月はアカンことしながら過ごしてそうだと
思うひともいるかも知れないが、案外そんなこともない。


たかしを一人?にするのは寂しかろうという言い訳が先にたち、
今ひとつ出かける気持ちにならない。

それでたかしと遊んでたら途中で飽きられた(笑)。


ま、今年もそんなお正月。

クスリのこと書かないならブログの更新をするな!と
叱らない叱らない(笑)。

書きたくても書けないこともあるものだ(笑)。

勿論、悪い冗談だ。

さ、今年は何しようかな(笑)♪


皆さんにとっても実り多き豊年となりますように☆



Twitterで僕にわざわざお知らせしてきたかたの
真意はわかりかねますが

某氏が亡くなられたとしても
伺った話のままに、全て虚偽だとしても

僕としては縁が切れた事実には変わりがないのですね。

ただまあ、亡くなられたはずである某氏のTwitterのアカウントから
僕がブロックされたり、
僕のツイートをリツイートしていた某氏の関係者が
リツイートを解除された事実を鑑みるならば。

いずれにしても印象深い一年でした。

全て虚偽ならそちらの方が嬉しい僕でした。

まるで前日の夕方からの酒の酔いが覚めてゆくような感触で、
文章を書くことで得られた楽しみや高揚感、未来を望んだ期待感が
消えてゆく。


薬物への執着が無くなるわけではないのだけれど、
あれほど好きだった覚醒剤も実際身体に入れなくなると、
あの感覚も遠い記憶に沈んだかのようだ。

最後の足掻きの未規制パウダーの魅力が段々と色褪せてきた。
やっぱりシャブのほうが連日乱用できたり、
僕はほとんど大したグリもなかったので良かったんだと思う。

嗜好性薬物への執着は無くならないけど、以前ほど
燃えるものもなくなり、まるで燃えカスにでもなったような気分だ。


僕は自分が好きな薬物のことを書くことが文筆への意欲に
繋がっていたと思う。 
それが証拠に薬物への渇望が薄れるにつれて、
文章を書く楽しみも覚めてきた。

もっと情念の火焔に身を焦がすような文章でないと
なにも伝わらない。
拗ねたような性根の僕に書けるのは、日陰にいる
竈馬(カマドウマ)の卑しい独り言だ。
太陽の下に出られない卑屈さの現れ。


そろそろマトモで楽しいことを考えようか。
一介の精神異常者が夢見る未来を蹴散らして、
覚醒剤を抱きしめ、暗い山に一人テントを立てて、
暗闇を切り裂く焚き火を見つめながら闇に潜む獣の鼓動を聞くような、
そんな陰気臭い山遊びではなく。

笑顔が似合う子どもたちと、オートキャンプをしに山を訪れ、
テーブルの横に拵えた炭火のオーブンで調理した
渓流魚のムニエルを家族にふるまうような、
そんな山遊びを趣味にする家族思いの父を演じる未来。

...、無いな(笑)。
俺がそんな山遊びをするのは気持ち悪いわ。
俺らしくない。


薬物依存という呪いみたいなもんにはそろそろ訣別しても良かろう。
趣味の薬物?
...アホと違うか。


最近発泡酒が飲めなくなって、マトモなビールを飲んでいる。
若い頃のように飲む量が増え始めた。
処方薬は必要な分しか服用しない。

最近鬱病気味なのは、五分前の記憶がスッポリと抜け落ちたり、
三分後に行う筈だった行動の予定を忘れて全然違うことを
始めていたりする。
そんなワケのわからん脳の機能障害に苦しめられているからだ。

こうして目的のない文章を書くのは好きだ。
無軌道で思いつき、つまり行き当たりばったりなのが楽しい。

敢えて纏まりのない話を書いている。
自分の中で散漫とした意識や記憶を収斂するために。


こうした行為の先で『我に還る』のだ。


ふふふ。

たまには自分に何か役立つことを勉強してみようと思い、
ネットで『文章の書き方』というのを少し読んでみた。

で、なんか悟るモンでもあったんか?というと、
『文章の書き方』という文章を読むのがスッゲー退屈で途中で
放棄してしまいました(泣)。

きっと大事なことを分かりやすく纏めて書いてくれてるんだろうけど、
このクソ暑い時期にそうしたマニュアルを読んでいると頭がボーッとする。
いや、そもそも最近の僕は本を読むのが苦手だ。

二十代の頃はトチ狂って図書館に頻繁に通って、無理やり数を読んだ。
読書の癖をつけていた。ところがシャブ以降はダメだ。
集中力が保たない。頑張らないと読めない。
ついでに非常に邪魔くさい、ほとんど頭に入らない。
薬物乱用の後遺症か、服用してる処方薬の効果か、読解力がいささか
足りないのか。

でも本当はその『文章の書き方』なる文章をちゃんと読んで
勉強したいとは思う。
僕は学生時代に文章力がなさ過ぎて作文が書けなかった。
読書感想文はいつも一行で済んだ。

『色々おもしろかった。』

小学校時代はこんな感じだった。

中学生になったら小賢しい知恵を働かせて、小説の単行本に
ついてる帯びなんかの解説部分を適当に抜粋して丸写しして、
あとは適当にホラを書いた。

そもそも読書の習慣がないんだから、感想文を書けといわれても
本なんか読まない。
夏休みの推奨書籍?はアホの僕には理解が及ばず全然面白くなかった。

今でも大して成長していない。
書きたいことしか書けないし書かない、そんなのなのにブログを
書くのは趣味だ。
たぶん自分の中のことは書けるんだろう。


そんな程度では話にならんと、もう少し真剣に努力くらいするようになりたい。
文句ばっかり言わずに。

だからバカにも理解しやすい『文章の書き方』を、ネットで探すのだ(笑)。

広漠

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昼も夜もなく誘われるままに
濡れた身体は冷たくなって
いまは誰も彼もなく静かで、
広漠として乾いた空、冬のよう。

いつかの喧騒いつかの狂乱
記憶は薄れて思いも沈み
いまは誰も彼もなく鎮まり
広漠として枯れた空、冬籠もり。

最期に夜通し絡めた四肢の
意識と身体は果て知らず
いまは誰も彼もなく穏やかに
広漠とした侘び空の、冬眠り。


冬のよう、
冬籠もり、
冬眠り、
そのまま越冬したならば

春めく朝に目覚めましょう。


悪徳を慎むのも
狭間に迷い病んだ生活も
闇そのものに憑かれるのも

寒い冬が来て怯え凍えるのも
蜘蛛の巣を張らせて喜ぶのも
犬に睨まれながら猿を探すのも

見えない糸を求めて歩くのも
響かない鐘を鳴らすのも
地の底で呟く独り言も

それはわたしであり、
またわたしではなく、
つまりわたしの所業だ。

憂鬱さえも夢想で虚しく
歓喜(よろこび)さえも儚く切なく
幾何(いくばく)かの記憶の残滓(ざんし)

それはあなたであり、
またあなたではなく、
つまりあなたの無邪気な辜較(こかく)

MDPV

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MDPVを誰か回しておくれ(笑)。

失意

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A sway of feeling that rumbles
in a quiet heart.
Where I told it in words
That nothing can happen
Helpless and stupid.

迷い

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Dreaming of unfulfilled wishes,
seeking unfulfilled desires,
I'm disgusted by my words that don't reach you,
Helpless and incurable reality.


Is this love or desire?

昨夜、嫁さんを手伝って季節ハズレの『すき焼き』を作ってもらい頂戴した。
それの下準備を珍しく僕がしていた。

それでダシをとって鍋に放り込む具材の白菜を、家の包丁でガシャガシャ言わしながらぶつ切りにしていた。

そのとき何を思ったのか、包丁の刃の下に親指を置いてしまった。
なんでそんな基本的な失敗をしたのかわからないけど
白菜を切りながら、我がの親指の皮をサクっと切ってしまった。

痛みは無いんだけど、血が止まらない。
血管狙って針を刺してもこんなに都合よく血はでないのに、刃物で切るとダラダラ血が流れて汚らしい。

そのさまを写真に収めていれば少しはリアリティがでたのだろうけど、それなりに焦ったのか
写真を取り忘れた。
残念。

一夜経って傷痕をみたら、関節の上の皮膚をちょびっと、二ミリほど切っただけ(笑)。

なんであんなにダラダラ流血したのか理解できない。

前向きに出来事を考えたら、
お陰で自分の体内を流れる黒っぽい汚れた血を排泄し、脊髄が僕のために新しい血液を作る機会を設けた、とでもいうのか?

確かにボケ続けた時代の血よりも、その味は苦味が少なく感じた気がする...バカげた思い込み。

刃筋のたつ流れの下に、指を置くなんて、すっかり気の抜けたトロいやつになったと馬鹿みたい。